食の必殺仕事人

売らずに寝かせる酒屋。

 

 

さいとう 齊藤 昇

"暗い"店。

 瓶ビールなんてどこで買っても同じだと、ふつうの人間は思うが、『さいとう』の常連たちは思わない。

中身は同じなのに、さいとうで買ったビールは味が違うというのである。また別の客は、もう居酒屋で日本酒が飲めなくなったと嘆く。ひとたびさいとうの味を知ってしまうと、後戻りできないということなのか。

 

 千葉県船橋市。新京成電鉄の三咲駅を降りて徒歩三分。交通量もまばらな道っ端に白壁に覆われた民家風の建物がある。米屋であり、酒屋でもあるというのに、満足な看板もなく、ドア越しにしか店内をうかがい知ることができない。派手なネオンサインで集客する郊外ロードサイドの酒屋とは大違いである。

「壁で囲うと言ったら、ガラス張りにしろ、外から商品の棚が見えなけりゃ商売にならないじゃないか、と周囲からずいぶん反対されました。工務店の人も口を揃えるもんだから、説得するのにえらい苦労して…」

 

 店主の齊藤昇はそういって笑う。

外光を遮断し、蛍光灯は使わない。酒にとって一番の大敵は紫外線だからだ。

 

「そんなことはつゆ知らず、恥ずかしながら改装する前までは、なるたけ明るい店にしようと蛍光灯をバンバンきかせていました」

 

 以前は日本酒の品揃えも灘・伏見の有名ブランド等が中心で、地酒などわずかしか置いていなかった。齊藤自身「飲むと頭が痛くなる」と日本酒は敬遠していたくらいだ。

どちらかというと米屋の片手間に酒屋を開いていたという印象で、酒の知識だってお寒いかぎり。案の定、酒はさっぱり売れなかった。

 蔵元めぐりを始めたのは数年を経てからだった。くらもと

問屋の案内で回った蔵は埼玉の神亀、山形の出羽桜、石川の手取川、長野の真澄など。蔵元を訪ね、杜氏たちと言葉を交わすたびに、眼から鱗の落ちる思いがした。

 

「造りの工程を見て思ったの。酒ってこんなに注意深く、一所懸命造られているんだって…。それにひきかえ、俺たち酒屋はあまりに粗末に扱いすぎるんじゃないか。いくら蔵元がいい酒造っても、酒屋がだめにしているケースが多いんじゃないか。その筆頭が俺ではないかと思い至ったら、なんだかとても恥ずかしくなって…」

 

 蔵元が心をこめて造った酒であれば、末端の酒屋もいい状態で酒を管理する責任がある。

 

そう思った齊藤はためらうことなく店の改装に手をつけ、まず紫外線の温床である蛍光灯を店から追放した。

「酒のためを思えば、酒屋は明るくてはいけない。酒屋はなべて暗くすべきなんだと思う」

 

 

盤石な低温&氷温倉庫で品質を守る。

 話変わってお米。齊藤はよく馴染みの客からこう言われる。

 

「齊藤さんとこのお米は甘いわね」

 

 米の値段は、キロ当たり四五〇~七〇〇円前後。スーパー等で販売しているものに比べ割高だが、齊藤独自のブレンドの妙がある上に、管理が徹底されているからおいしいと評判だ。

 

「なかには三年も四年も前に穫れた、キロ一〇〇円ぐらいのカビ臭い米をブレンドしている業者もあるからね。今は安い米を探し回ってる米屋もある時代で、なかなかうまい米にめぐり逢うのはむずかしいと思う

 

 

 

 齊藤の自慢は地下5mまで掘り下げた低温倉庫。温度15℃、湿度75%に保たれ、振動を限りなくゼロにしている。床には宇都宮産の大谷石。齊藤曰く、大谷石は湿気を吸ったり吐いたり呼吸しているのだという。

 約1千万円をかけたこの低温倉庫、導入したのはよほどに古く、業界では一番乗りといわれる。業界関係者の視察も相次ぎ、すでにその数1千名を突破した。

 

「米は常温で保存すると玄米で一ヶ月、精米すると十日が限度」

 

と齊藤はいう。限度とはおいしさの賞味期限。が、低温倉庫であれば"寿命"はぐんと伸びる。

そしてこの倉庫はワインや日本酒との兼用。もちろん氷温倉庫もビルドインされていて、さいとう看板のであるオリジナル生酒が貯蔵されている。

 

 

 

「ワインが一番きらうのは光と振動。だから、ホコリも拭けないんです」

 

 もとよりワイン好きの客はそんな事情を先刻承知だから、ホコリをかぶったワインを見ると思わず破顔し「いいですね、このホコリは」と頬ずりせんばかりに身を乗り出す。

 

 筆者はかつてヨーロッパの一流レストランの地下セラーを数ヵ所見せてもらったことがある。

薄暗い酒庫の隅にはホコリをかぶり蜘蛛の巣の張った古色蒼然たるワインが並んでいた。

そのホコリまみれのワインについて講釈を垂れる店主が、みな一様に誇らしげな顔をしていたのを今でも思い出す。齊藤も同じなのだ。

 

 また、さいとうでは、わざわざ車で買い出しにでかけても、ワインを二本までしか売らないことがある。

 

「お節介かもしれないけど、お客さんの口に入るギリギリのところまで味に責任をもちたい。だから遠くから買いに来てくれたお客さんであっても二本以上は売らず、また来てくれって言ってしまうんです」

 

 たとえ家庭用のワインセラーを宅内に備えてあっても、振動にやられてしまうのを懸念した上でのことだ。

ワインには冷却運転時の振動が殊の外こたえるのである。

 

 

 

無濾過の生酒を熟成させて売る。

 ワインのことばかり書き連ねたが、さいとうでは日本酒こそが、"本命中の本命"だ。

蛍光灯をガンガンきかせていた男がよくここぞまで進化したと感心するが、今や、日本酒党の間ではちょっとした顔なのである。

 

 齊藤が扱っている清酒は、ただの地酒ではない。ほとんどが銘醸蔵で造らせたプライベート・ブランドで、おまけに生酒が主体。

 通常、日本酒は二度加熱殺菌して出荷されるが、火入れ殺菌をしていない生酒は、当然のことながら中の酵母がまだ生きている。活性状態のままだ。

 もともと新酒としての華やかな香りこそが身上で、ボージョレ・ヌーボーのように早飲み向きとされる生酒を、齊藤はあえてヴィンテージワインのように何年も寝かせて売る。わけても主力は無濾過の生。さいとうの最大の売り物は、無濾過生酒の熟成酒なのである。

たとえば「花ごよみ」と自ら名づけた手取川(石川・吉田酒造店)の生酒は純米大吟醸で、平成八年ものが一万円(1.8㍑)、平成七年ものは一万三千円(1.8㍑)する。いずれも鑑評会へ出品する前の中汲みをそのまま瓶詰めしてもらったものだ。

 

「蔵元は最初は反対で、二言目には早く売れと言ってたけど、最近は蔵元も熟成酒に力を入れるようになってくれた」

 

と齊藤はいう。なにしろ、

 

「うちの酒がこんなにもおいしくなるものなのか」

 

と蔵元自身がびっくりするほどなのだから、熟成生酒の味はまだまだ未知の世界に属するものなのかも知れない。

 

 

 生酒にも熟成に向く酒向かない酒があるらしく、口に含むとバラバラな感じの、荒々しくごっつい酒がむしろ向いていて、逆に、バランスが取れ、豊かな香りを持つ端麗な酒は不向きだという。

 

「冬眠させてる酒だから、口を開けてもすぐ飲んではいけない。できればニ、三日ぐらい空気に触れさせ酵母を起こしてやる。そして一日一合ずつ、嘗めるようにして飲む」

 なんだか気の長い話だが、旨いものにありつこうと思ったらそのくらいの辛抱は必要だろうと齊藤はいう。なにしろ、今でも真空管のアンプ(いい音が出るまで一時間はかかる)にこだわっているアナログ男である。生酒を熟成させることに生きがいを見い出したとしても、少しも不思議はない。

 

「古くなればなるほど売れる」

 

というが、なるほど嘗めるように口に含むと、トロリとした円みのある味と香りが口中に広がっていく。これならば、万の金を積んでも惜しくはなかろうと、独り納得する。

 

「一番旨いところは、瓶の底に少しばかり残った滓のようなところだといって、そこだけを集めて別瓶に詰め、うちの冷蔵庫に預けている人がいる。改めて正月に飲むんだって。面白いよね」

 

 ひとときの幸せに浸りたいがために、酒飲みという人種は時におかしなことを考える。

(文中敬略称)

(文 ・ 小林 充)

※雑誌 料理王国『食の必殺仕事人』 にて掲載。

さいとう・のぼる

1952年生まれ。千葉県・船橋市の酪農家に生まれ、高校を卒業後に米屋の修行に入る。24歳で独立。33歳の時に酒販免許を取得し、米と共に酒の販売も手掛けるようになる。

酒と米の管理・熟成に定評があり、パークハイアット東京、ザ・ペニンシュラ東京などにも納めている。

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